『白い芝桜たちとムスカリやピンクのプリムラ・ポリアンサ』

(↓白い芝桜たちとムスカリ)
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(↓満開の時に近づいた白い芝桜たち)
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(↓芝桜たちの中で2輪咲くムスカリ)
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(↓少しアップ)
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(↓芝桜たちの中で1輪咲くムスカリ)
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(↓少し引いて)
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(↓共有地の地植えで咲いたピンクのプリムラ・ポリアンサ)
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(↓少し引いて)
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(↓もう少し引いて)
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(↓まだまだ引いて)
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今朝の話は、
安芸高田市にお住まいの89歳の主婦の方の投稿文です。
良かったらご覧ください。

『嫁いで今70年』
母は高齢で初産だった。
しかも難産。
命懸けで私を産んでくれた。
その後、4歳下の男の子にも恵まれた。
私も弟も「おんば日傘」で育てられた。
※「おんば日傘」→「乳母日傘」と漢字表記し、
  子ども、特に幼児が必要以上に過保護に育てられる事。※
 私は昭和24(1949)年2月15日、4世代10人の農家の嫁となった。
18歳までの生活は一変した。
そして何年たっても、義母の気に入る働き嫁にはなれなかった。
 ある日、近所の若奥さんが家に飛び込んできた。
途端、一気に泣き崩れた。
 「牛を、お父さんが売ると言われた。
私は悲しい時、情けない時、牛小屋へ行って愚痴を聞いてもろうた。
牛はじっとして大きな目に涙をためて聞いてくれとった…。」
 嫁いで70年。
ふと昔の記憶が波のように打ち寄せる。
若奥さんは元気だろうか…。
 島根・広島県境にそびえる吾妻山。
同窓のNさんはその近くに暮らしている。
もう長い付き合いだが、クラス会の席で初めて、
私とまったく同じ月日に嫁入りしたと知った。
私たちは肩を抱き合った。
農家に嫁いで喜びももちろんある。
だが、歯を食いしばった日々の中にある。
 現在、彼女は重い病で入退院を繰り返しながらも強い精神力で生きている。
「息子が先祖代々の田を守り、米作りをしてくれる」と笑った。
 私も通院とデイサービスの日々。
しかし卒寿へ気を強くして生きていこう。
今あることに感謝しながら。

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